2016/05/190 Shares

「続けること」は正論だけど~いろいろあるよね~

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続けることはものすごく大切なことだと前々から実感しています。

でも、転換期っていうのがどこかのタイミングで必ずあって、
一時休止みたいな形になることってままあることかと。

そのときに、ありがちなのが自分で自分を責めること。

「続けなくては」
「やるといったからには」
「ころころ変わったら信用なくす」
とかとか。

それ、誰かに言われたのかな?
たぶん誰もそんなこと言わないような気がします。
ていうか、そこまで自分のことに注目して気にかけてくれてるなら
それはそれでうれしいことですよね。

私は昔から持論として、「継続は力」と思ってます。
続けることによって負荷もかかるし、ハードルも上がる。
逃げられないものをひとつ持っておけば、自分の鍛錬にもなる。
そう思っているので。

でも、それが絶対とは思っていません。
(あ、強調するために「絶対」って言う言葉を使うことがあるかもだけど
「絶対なんて絶対ないしっ!」って昔々だれかにきつく言われたことありで
少なからず「絶対」という言葉にアレルギー反応を示すほうです。)

ところで
知人がずっと続けていたことをいったん休止することになりました。
別の友人も、思うとこあってなにやら模索中だったり。
ずっと続けてきた仕事をしながらも、何か別の道をさぐっていたり。

で、そういう話を耳にしながら「みんないろいろだしね」って思う。
正論としては「続ける」ことがいいのかもしれない。
でも、現実に生きている生身の人はそうはいっても無理なこと
結構あります。

一時の気の迷いかもしれないし、大きなショックを受けたからかもしれないし
今まで我慢してきたことが急にふっとなくなったのかもしれないし、
環境の変化なのかもしれないし、なんだかいろいろ。

あ、別にだからといって「続けても続けなくてもどっちでもいいんじゃない」
とは思ってないんです。
やっぱり続けるほうがいいと思うし、そのための努力は惜しまないし
続けることのメリットや、結果としての変化を話すこともできます。

でも、機械じゃないからね。
続けるってプログラミングされてるわけじゃなくて
自分がそれを続けることが正しいと思っているから楽しくできるわけで、
まあ、楽しいと思えなくても、少なくともなんらかのためになるから
続けられるはず。

だから、続けることの意味や整合性や張り合いや
喜びや楽しみや義務感や、そのほかにもいろんな理由が
なくなってしまえば続けられなくなるって言うのはわかる。

いやいや、続けることに意味なんて考えちゃいけないよって
言う人もいるかもしれません。

でも、凡人は何かをするときにまず、意味を考えてしまうんです。
すくなくとも私は考えてしまいます。

続けること。
変わること。
休止すること。
やめること。

ま、どれも選択自由ですね。
そして誰もなんとも思いません。
賞賛も批判もないです。

だから、選ぶのは自分。決めるのも自分。行動するのも自分。
だから選択自由です。
(厳密に言えば自由なんてないともいえますが)

その中で何をするか。
何を基準に考えるか。
どうなりたいと思ってるのか。

んん~。。
いつも前ばかり向いてないで、たまに落ち着いて
こういうことを考えてみるのもいいかも。。とおもうこのごろです~^^

 


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