「メルヘン地蔵まつり」~開店当時のそういえば~
パルテールをオープンした1990年は、国分寺駅に丸井が駅ビルとして出店した年でもあります。
私は自分の出店のことで頭がいっぱいで、周囲の状況とかあまり気にせず、「駅から歩いて数分のところ」というくらいの条件だけを気にして店を決めました。
なので、丸井がオープンするなんて知らなかったし、知っていても全く業態が違うので気にすることもなかった。
で、スタートしたのが4月。
「よし!がんばるぞ!!」と気持ちだけは意気込んでいた私の目の前で始まったのがスピーカーからの大音量。
気づけばそこの小さな商店街にはトリコロールの提灯がめぐらされ。。
「な、、なにっ?!」
どうやら、その商店街の小売店のおじさんたちが丸井出店に脅威を感じた末に考え付いた行為。。その名も「メルヘン地蔵祭り」。
「まじか。。。」
パルテールの真ん前には、そう、お地蔵さまがまつられていたのですが、商店会のおじさんたちは、そのお地蔵さまに「メルヘン地蔵」という名をつけて、月に一回祭りを開催しだしたのでした。
店の真ん前でスピーカーで「メルヘン地蔵祭り~~」「お買い物は東栄会(商店会の名前)へ~~」と一日中アピール。
結構きつかったです。正直。
月一って結構頻繁なんですよね。準備と後片付けとかあるから前後合わせて2,3日は店の前をおじさんたちがのぼりを立てたり、提灯を下げたりはずしたり。
大型店の出店は今でも近隣の商店街をシャッター街にしてしまうほどの脅威の元ですが、当時のおじさんたちも同じく、いや今よりもっと、危機感をつのらせたんだと思います。
「メルヘン地蔵祭り」は、結局1年くらい続いたかな。
途中から内容がエスカレートして、「地蔵エプロン」「地蔵饅頭」など「メルヘン地蔵」キャラクター商品が次々と現れて、最初はうるさがっていた私たちもだんだん面白がる余裕ができてきて、店の隣に焼きそばの屋台が出たときは買ったりしたなぁ。
とはいえ、さすがに月一でのまつりは体力がかなり必要。
それに、1年たつ頃には丸井の影響がそれほどでもないというか、しっかり常連さんをつかんでいる店にとっては、まったく売り上げが変わらなかったということが分かってきたので、ま、そうなるとテンションも下がるわな。
で、結局フェイドアウト。
そのあと10年以上、その商店会の店舗はほとんど変わらず普通に営業してました。
「メルヘン地蔵まつり」って何だったのかな~とたまに思い出すことがあるけど、開店直後にかなりインパクトのある洗礼を受けたのはたしか。
今思うと、おじさんたち、ホントに危機感感じてたんですね~^^